東京都心生活

都心生活: 住む場、生活する場としての東京都千代田区・中央区・港区・渋谷区・新宿区に関するサイトです。

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生活する場としての東京都心に関するブログです。マンションなどの情報を書いています。
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また、ときどき、このブログに情報を掲載していく予定です。 よろしくお願いします。

2013年、新築マンションがまた活発化してきました。

 しばらくブログ記事を書いていませんでした。最後に書いた記事が、2009年10月でしたから、それからもう20ヶ月以上経過しています。

 最近経験した大きな出来事と言うと、2011年3月11日の東日本大震災でした。今日は、今年経験したこの地震のことを思い出しながら、災害と住居の関係について書いてみます。

地震がおきたその時、私は千代田区内の仕事場にいました。最初にガツンと縦揺れ(P波)がきた瞬間から、「これはこれまでに経験したことがないほど大きい」と思いました。しばらくするとS波による横揺れが始まりました。仕事場があるのは免震構造の高層ビルなので、そんなに激しくガタガタと揺れる感じではありません。しかし、大きな振幅で、ゆっくりと左右に揺れます。どれくらいの激しさの揺れか、目安になるものは、天井から吊り下げられているサインボードや、観葉植物の葉っぱの揺れ具合でした。恐ろしかったのは、いつまでたっても揺れがおさまらないことです。正確に測ったわけではありませんが、最初の地震だけで5分も10分も揺れていた気がします。

 ビルの館内放送が「この建物は安全ですので、建物内に留まってください。」と何度も繰り返したことで、落ち着きを得られました。そのうち、仕事場の皆が、インターネットで情報を集め始め、「東京は震度6強だ」、「震源地は東北だ」、「千葉の石油タンクが爆発した」などと、地震の程度の大きさを徐々に実感し始めました。しかし、このときはまだ、あの津波で大きな被害が出ることなど、考えも及んでいませんでした。

 15時頃から18時頃まで、いろいろと対策会議をしたり、本来この日に片付けるはずだった仕事に手をつけたりしていましたが、大半の時間は頭の中でも右往左往するだけで、実質的に仕事はそれほど進んでいなかったと思います。家族の住む家への電話も中々つながりませんでしたし、都内の電車も停まっている気配でしたが、まあ、最悪歩いて家にたどり着けば良い、くらいに腹をくくりました。

 19時が近づき、職場の人も、歩くなどして帰宅する人、帰宅を諦めてとりあえずは朝までオフィス内に留まる人など、それぞれの人の態度がはっきりしてきました。東京都内にこれ以上は地震の直接の被害がなさそうである状況から、私も歩いて自宅に向かうことにしました。

つづく

マンションの売れ行きが悪かったり(売り惜しみして不良在庫を握ってしまったのはマンション販売業者の自業自得であるとしても)、不動産価値が下がったり、金融機関から貸し剥がしをされたり、株価が踏んだり蹴ったりだったりするこの2008年の秋ですが、良質なマンションを供給し続けている業者には何とか生き残ってほしいと、つくづく思う今日この頃です。市場残存者利益というものもあると思うので。とは言っても、都心部はまだマシなほう? このご時世だというのに、中規模の新築物件の工事は粛々と進んでいます。

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